新人看護師だった頃、私は指導者が怖くて何度も泣きました。帰り道で涙があふれた日もありました。病棟で堪えきれずに涙したこともあります。出勤前はもちろん、休みの日でさえも憂うつでした。
指摘される言葉一つ一つが胸に刺さり、「もう向いていない」「辞めたい」と何度も思いました。
それでも、時を経て今振り返るとあの指導は決して理不尽なものではなく、患者さんと自分のための的確な指導でした。今の看護師としての土台を作ってくれたと感じています。
この記事では、怖い指導者のもとで新人時代を過ごした私の経験と、当時は気づけなかった学びについてお話します。
今まさに同じように悩んでいる新人看護師さんに、少しでも気持ちが軽くなるきっかけになれば嬉しいです。
新人看護師時代、指導者が怖くて何度も泣いた
看護師として働くぞ!と意気込んで入職した一年目。怖い指導者との日々に、とにかく病棟に行くのがつらい日々でした。「今日は何を言われるんだろう」そんな不安が頭から離れず、毎日気が張り詰めていました。
質問するだけで緊張していた
分からないことだらけの一年目。質問すること自体も怖かった私。怒られるのが怖くて、話しかけたり質問をしたりする時でさえも緊張していました。勇気を出して質問するも、言われる一つ一つの言葉が重く、「もう傷つきたくない」という思いでいっぱいでした。自分自身が否定されているような気持ちにさえなっていました。
家に帰ってからも仕事のことばかり考えていた
家と病棟の往復の日々。当時はコロナ禍で帰りに同期と食事に行ける雰囲気もなく、同じような日々を繰り返していました。リフレッシュも上手くできず、休日も仕事のことばかり。言われたことが頭の中をフラッシュバックし気持ちはどんより。仕事帰りに泣きながら実家へ帰ったこともありました。それでも次の日は歯を食いしばってなんとか病棟へ向かう。そんな日々を繰り返していました。
なぜあの指導がこんなにもつらかったのか
今振り返ると、指導されるのがつらかった理由は、「指導」を「注意」として捉えてしまっていたからだと思います。それまで他人に強く怒られる経験が少なかったこともあり、された指摘を自分に対する注意だと捉え、「失敗だ」「自分にはできない」と自身をなくし悪循環に陥っていました。
指導を受けること自体に慣れていない新人時代
部活やアルバイト等で指導を受ける経験はありましたが、ここまで自分に余裕がない中で受ける指導は初めてでした。色々なことを覚えるのに必死な中で次々と受ける指導。新人は誰でも受けるような指導内容でも「こんなことを言われてちゃ全然だめだ。」と自分を追い詰める。当然余裕はなく、指導を受ける時間そのものが怖くなっていました。
「できていない自分」を突きつけられる怖さ
指導を受けること自体に慣れていないがゆえに、私は指導を「注意」として受け取っていました。「自分が出来ていないから注意された」と思い込み、自分を否定されたような気持ちになりどんどん自身がなくなっていく。自分が未熟であることやできていないことを指摘されるのが怖くなっていました。新人看護師は知識や経験だけでなく、自分の判断に自信が持てない時期でもあります。その状態で受ける指導は、内容以上に重く感じやすいのではないかとも思います。
それでも理不尽ではなかったと思える理由
それでも指導を受けた内容を思い返すと、理不尽ではなかったと思えます。それは指導内容に根拠があり、いつも的確だったからです。もちろん当時は余裕がなくそうとは思えませんでした。けれど働いているうちに、言われたことのフラッシュバックが助言とアドバイスのように聞こえてくるようになりました。自分が今後、判断をするときのヒントになるように指導をしてくれていたのだと気付きました。
指摘はいつも患者さん目線だった
指導を受ける際、「自分が患者さん、患者家族だったらどうか」「今看護を受けているのが自分の家族だったらどうか」という視点で考えるよう言われていました。それは私がなりたい看護師としての基盤の考えでした。当時は指摘されると、「どうしてこんなことを言われなきゃいけないんだろう。」「つらいな」と思っていましたが、今考えると患者さん目線で見たうえでの指摘でした。看護師として大切な、忘れてはならない目線をどんなに忙しくてもなくさないよう、常に教えてくれていたのだと思います。
感情ではなく根拠があった指導だった
また、指導内容には感情ではなく根拠がありました。たしかに口調が強く怖いと思ったこともあります。けれど、命が関わっている仕事です。多少厳しくいうことで重要さが伝わることもあります。数年働くうちに、あの時強く言われたことは重要なことであったとあとになって気づきました。感情だけで怒っているように見えて、中にはしっかりとした根拠がありました。その時はただ怖いと思っていたけれど、理不尽に怒っていはいませんでした。
ここまで述べましたが、指導の厳しさがつらく感じるかどうかは、指導内容だけでなく、受け手の心の余裕にも大きく左右されます。新人看護師は余裕がないことが多いです。その中での指導はつらく感じることが多いと考えられます。
今振り返ってわかった、厳しい指導がくれたもの
厳しい指導は当時は本当につらいものでした。けれど今振り返るとその指導のおかげで得たものがたくさんあります。私は看護師としてのベースとなる「患者さん目線で考える」ことが新人時代から身についたと思っています。これは今の看護師としての自分にとって軸となるとても大切なものになっています。
看護師としての土台ができた
厳しい指導のおかげで、看護師として「患者さん目線を忘れない」という大切な考え方の土台が自分の中にできました。目まぐるしい業務の中で、なかなか患者さんにゆっくりと寄り添えないことにもどかしさを感じることあります。けれど、この土台があることで、限られた時間の中で患者さんのためにできることは何か、を考える癖がつきました。
「注意」ではなく「良きアドバイス」として受け入れる姿勢
数年働く中で、指導をされた内容が自分の中に落とし込めていけるようになったとき、指導を「注意」ではなく「良きアドバイス」として受け止められるようになったことに気付きました。そしてその姿勢こそが、自分をさらに成長させる重要なことだと学びました。そこから判断力や責任感も身についてきたと感じています。できなかったことにフォーカスを当てて失敗と捉えるのではなく、自分の看護師としての技術やスキルを磨く材料だと思えると、少し気持ちが楽になるかもしれません。
それでも無理をしなくていいと思う理由
この記事を読んでいる方はきっとつらい経験をしている方が多いのではないでしょうか。ここまで私の経験を書いてきましたが、読んでいただいた通り、私は数年経ってから得たものに気付きました。それまではつらく長い道のりでした。そこまで無理をして頑張る必要もない。私はそうも思います。
環境や相性もある
職場の雰囲気、人間関係、職業自体の特色等、自分に合う合わないの相性は大いにあります。そしてそれはすぐに気づくものもあればなかなか気づけないものもあります。すぐに気づいたのならば無理せず、誰かに相談したり、その場を去るのも大切な選択です。傷ついた心はなかなか元に戻りません。正直、私自身もトラウマになっている場面はあります。これが大きくなると修復するのが大変です。自分を大切にしてくださいね。
逃げること=負けではない
「こんなにすぐに辞めてもいいのかな」「続けられない自分はダメなのかな」そう悩んでいませんか。悩みますよね、私も何度も悩みました。同期も同じように悩み、そして辞める決断をしました。今は違う職業に就いてその子らしく働いています。辛くてこの先が見えなくて仕方がないときはそこから逃げても大丈夫です。無理にそこに居続ける必要はありません。私は違うレールに身を投げる勇気がなくて辞められませんでしたが、辞める選択をした同期をとても勇敢だと思っています。
厳しい指導に悩む新人看護師さんへ伝えたいこと
悩むということは真剣に向き合っている証拠でもあります。そんな自分を否定せずに、むしろ褒めてあげてほしいと私は思っています。
今は見えなくても、経験は必ず残る
私と同じように辞める勇気がなくて頑張り続けている人もきっといると思います。今は先が見えなくてつらい日々かもしれませんが、経験は必ず自分の糧となって残ります。私も数年経ってそう思えています。看護師としての学びは終わりがありません。指導を受ければ受けた分だけ、自分の中に取り入れられればものすごい量の武器になります。もちろん、反面教師としての学びも得られますよ。今はただ、目の前の一日を終えることで十分です。
あなたの感じているつらさは間違っていない
指導内容がどんなに的確でも、受け取る側の心が追いつかないことはあります。特に、新人看護師さんは、忙しない病棟でバタバタと動き回る先輩看護師さんについていくだけで必死ですよね。病棟の雰囲気についていのに精一杯です。その中で強く指導をされれば言葉は心に刺さります。「自分はダメだ」「足を引っ張っている」そう感じてしまいますよね。その感じているつらさは間違っていません。どうか自分を責めないでください。
新人看護師時代の私は、怖い指導の中で何度も辞めたいと思いました。それでもあの経験は、看護師としての考え方や姿勢をつくる大切な時間だったと今は感じています。
もし今、厳しい指導に悩み、つらい思いをしているなら一人で抱え込まないでください。逃げることも、環境を変えることも、決して間違いではありません。あなたが感じているつらさを否定せずに、自分を守る選択をしてほしいと思います。
この文章が、誰かの気持ちを少しでも軽くできたならとても嬉しいです。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

コメント